なぜ日本の教科書はわかりにくいのか。書き手が責任を持つ欧米と読み手が責任をもつ日本が原因

      2016/05/19


日本と欧米の考え方の違いの1つに「コミニュケーションにおける責任の所在」があります。

どういうことかというと、欧米ではコミニュケーションは常に伝える側に責任がある、と考えるのに対し、日本では受け取る側に責任があると考えるのです。

以下の例がわかりやすいです。

「なぜ外国人はあんなにペラペラしゃべるのだ、同じことを何回も繰り返して言うのだ?」と思った(いらついた)ことがある方はきっと私だけではないはずです。理由の1つとして、読解責任の違いを指摘したいと思います。英語では相手に内容をわからせる責任は話し手にあります。ですので、まず結論を言って、その理由を述べて、具体例もあげつつ、しつこく説明する。それくらい論理的に説明するとお前わかるだろ?ということでしょう。

一方、日本語は読み手責任ですので、日本人は「そのことならわかってるよ、わかってるから。何度も繰り返すな、しつこいなぁ。」と心の中でつぶやき、「OK, yes」としか返事せず、結構なギャップが生まれるわけです。これは、ただの個人の印象にすぎませんが、駐在中にそのように理解したとき、すとんと落ちてくるものがありました。

書き手責任、話し手責任 - ビジネス英語ブログ

僕もアメリカ駐在中、説明の責任を強く感じましたが、この読解責任に対する考え方の違いが一番色濃く反映されるのは、ずばり教科書だと思います。

アメリカの教科書は非常にわかりやすく書かれています。それは書き手に読解の責任があるからでしょう。

あれだけわかりにくかった概念が英語の教科書を読むと理解できた、という経験がある人も少なくはないでしょう。

僕も論文やビジネス書を読んでそういった経験をしました。

皆さんも是非この機会に英語の教科書など読んでみてはいかがでしょうか?

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